コンピュータ将棋の影響と近況

近頃作文をする機会が多かったので頭の中を整理をしていましたが,ここにも覚書として残しておきます。

 

1.対局相手として

これはBonanzaが公開されたタイミングが社会的インパクトが大きいと思います。

正確にどのバージョンかと言う辺りは当時それほど関心をもっていなかったため不正確ですが奨励会員レベルの強さを持ったソフトが一般に入手できるようになったわけです。プロ棋士の対局相手には不足でしょうが,アマチュア高段者や女流棋士には非常に重宝されたように話を聞きます。

プロ棋士(や奨励会員)は独自のネットワークで研究会を開いて最新の戦型について情報交換をしたり日常の鍛錬を行うことが通例です。しかしながら,そうでない場合は強い対戦相手に恵まれることは稀です。つまり,強くなるために機会損失的な不利な要素があったわけです。

これがコンピュータ将棋ソフトを対戦相手としてトレーニングをすることで,対戦相手に恵まれない地方の高段者(特に小中学生)や休場中の棋士などのリハビリに活躍をしたそうです。もちろん,この前段階に人間同士のネット対局がありましたが,ネット対局でも常に適正な力量の高段者同士が対戦できるわけでもありませんから,高段者レベルのソフトの出番は非常に有難かったのだと思われます。

これは話に聞いただけですが,地方都市で神童と言うような小学生が出た場合には,保護者が週末に強い対戦相手のいる道場に連れて行くか,招待と称して強い対戦相手を招いて対戦をお願いするかしか方法がなかった時期がずっと続いていたそうです。事実多くの棋士がそのようなエピソードをお持ちです。

Bonanzaの登場で地方都市の不利が大幅に克服されたと言ってよいでしょう。もちろん,それ以後のさらに強いソフトや読み筋の異なるソフトの恩恵も影響大と言えます。

対人戦経験の薄い人が突然アマチュアの大会で活躍されるケースなども見られており過渡期の棋界バランスを感じます。

 

2.検討エンジンとして

これは最近の話です。強いソフトが多く生まれた後,特定ソフトが多用する戦型に注目が集まりました。有名なのがelmo囲いと言われる囲いですが,これは最初に一部の奨励会員から広まったようです。つまり,この時点ではソフトの使い手は奨励会員の中でも極一部であったと思われます。また,千田七段が2016年度に最多勝利賞、最多対局賞と同時に升田幸三賞を受賞された時にも話題になりました。Ponanzaなどの強いソフトが使う戦型を参考にされたとのコメントがプロ棋界に衝撃を及ぼしました。

これ以後は意図的に情報が少なくなります。つまり,どの棋士がどのソフトを使ってどの戦型を研究しているということがプロ棋界での極秘情報扱いになっているようです。例外的に使用ソフト名を挙げて下さる棋士もおられますが千田七段含め極僅かです。

現在では多くの方が御存じのように,あまり使っていないと自称する棋士でも対局後の棋譜をソフトで解析するくらいは当然というくらいにプロ棋界で普及しておりますし,対戦中継においてもソフトの評価値を絶対視して解説に使われる棋士も少なくありません。

また,豊島竜王名人をはじめとして対人の研究会を全く行わずにひとりで計算機を用いることで日常の研究を進めるスタイルが生まれ,急激に若手棋士に広まっているようです。これは上記の情報戦に通ずるところもあるので一概に良し悪しを語れないところです。

私個人のソフト開発はソフト同士の対戦に特化して進めており,このレベルで使われると思って開発を進めておりませんのでプロ棋士の御意見があれば是非伺ってみたいと思うところではあります。

 

3.中継用評価値について

bleu48.hatenablog.com

これは以前も書いた件です。

3年くらい前では参考程度に出ていたはずのソフトの評価値が現在では絶対視されつつあります。前項でもありますが一部のプロ棋士が数値で話をされておりその方が通じやすいなどとコメントされる程度です。

現状ではプロ棋士でも間違いやすい局面と言うのを考慮して割り引いた値にしないと良くないとの提案がでたり,人間では指せない読み筋なので有効ではないとか言われたりしております。しかしながら,現在のトップ棋士の精度は非常に素晴らしく難局面でも相当な一致をみることが多いように思います。

AbemaTVの方は何も情報がないので本件と別としてコメント控えておきます。

 

4.戦型について

実は2018年私が世界選手権を制した段階では楽観しておりました。事実多くの戦型に対応し様々な棋譜を残したと思います。横歩取り振り飛車が終わったなどの話題はありましたが,まだまだ研究を進めれば復活があるとの見込みでした。

翌年は全く様相が変わって相居飛車,それも角換わりの戦型が多く指されるようになりました。プロ棋界で角換わりが流行るのとどちらが先か正確には分かりませんが無関係では居られなくなっていることは間違いありません。個人的には当初表明した通りあまりシビアな影響力を持つつもりはありませんでしたので少し残念少し不安を感じたのを覚えております。

現在ではプロ棋士も角換わりの課題局面を多くの計算機で検討されているようでこれは棋理を探求する同じフィールドに立っているのだなぁと感じるところです。具体的な局面について安易にコメントしづらくなります。

特にプロ棋戦ではタイトルや棋戦優勝などの成績を上げるためには一時期に圧倒的な連勝が必要になります。その起爆力になるのは得意戦法・得意戦型となるケースが多く見受けられます。現在は対策がソフトによる解析で短期間で行われるため非常に難しいと言われております。新戦法などは生まれにくい土壌なのかもしれません。

今後はどうなっていくのか楽しみと思うことにしておきましょう。

 

5.更なる展望について

コンピュータ将棋の世界は外側から見ると完成度の高いものに見られがちです。つまり計算結果の善し悪しがすでにプロ棋士ですらコメントしづらいレベルにあります。

しかしながら,そのアルゴリズムや具体的な実装を含め実はあまり完成されたものではありません。全く別のものを基準に独自に制作されたものが類似の結果を生むような状況があったり,極稀に全く異なる結論を導くことがあったりと未だ混沌としております。

あるルールに基づき対戦を行うと結果がでますが,その際どの着手が敗着というのは比較的見つけやすいですが勝者の手が全て完全な手と断定することは現状で不可能です。(可能であれば完全解析されたと言うことです)

例えば負けた側にも長手数の必至手筋が存在していたケースなどは選手権レベルの棋譜でも後に発見されたりしますし,千日手の打開手筋なども同様です。

決して弱くなることはありませんので年々ペースは異なりますが必ず強くなってきますので以前のものを上回り新しいものが生まれます。前述のような長手数の勝ち筋を短時間で見出すようなアルゴリズムや確定的ではないが序盤の精度を上げる手法などが今後生まれてくる可能性はあります。もちろん,完全解析への期待もあるでしょうがこれは相当遠い未来でしょう。

そして,なかなか理解されませんが応用は効く分野でして結構意外な分野で転用されています。コンピュータ将棋界隈OBがどのように活躍されているか確認頂ければ幸いです。

 

今日はこれくらいにしときます。